苦痛とトリック

人間には様々な容量がある。
ある事に関しては広かったり、また、別の事に関しては狭かったり…。
極端だったり平凡だったり、人によって千差万別だと思う。


今回は、今まで、あまり深く考えて、追求する事の無かった
肉体的苦痛と、精神的苦痛に対する容量の事など考えてみた。何しろ、自転車レースのきつさをいかにして乗り越えるかは重要問題なので。


人間、生きていくにあたって、肉体的にしろ、精神的にしろ、
様々な苦痛に出くわしてしまう訳だけど、たいがいは、どちらかの苦痛に偏ってやって来る事が多いようだ。

そして、短期的にしろ、長期的にしろ、それぞれの容量にあわせて、その負担を一旦は受け止める事になる訳で、
その解消も、病院行く人、寝る人、飲みに行く人、おしゃべりする人、ドライブに行く人。と、苦痛に合わせて人それぞれ。

     ところが!!

都合良く容量に収まるだけの苦痛で済めばいいのだけど、世の中そんなに甘くはない。
時には、自分の容量では収まりきらない強烈なものが襲いかかってくる事もあるし、解消しきれずに、溜め込んでしまって容量超過。という事もある。


そんな時の手っ取り早い、安易な解決方法としては、肉体的苦痛なら、気絶して意識を完全に断ち切るか、精神的苦痛なら、キレて本能の赴くままに暴れるか…。

もっとも、肉体的苦痛は突き詰めれば、自己にとっての戦闘時。つまり、生命の危機であり、そんな死に直結するような時に気絶など、もってのほか。

精神的苦痛に関しては、キレて暴れるなど論外。

この2つは、動物的な視点に立ったとしても、人間的な視点に立ったとしても、少なくとも、賢明な解決方法とはいえないし、自分でコントロール出来るようなものでもない。


そんな時に、僕は解決策の一つとして、ちょっとしたトリックを使ってみたりしている。

それは、苦痛の分散。

肉体的にせよ、精神的にせよ、自身にマイナスの効果をもたらす似たもの同士なので、

肉体的負担であれば、それを精神的な負担として思い込ませ、
精神的な負担であればそれを肉体的負担を作り出す事でカバーしてあげる。

つまるところ体が苦しい時は、心を痛めつけ、心が苦しい時は体を痛めつける。

「なんだ、ただの自虐思考じゃん。」
なんて言って笑っちゃぁいけない。

きっと心当たりがあるはず。
会社での、人間関係に疲れて、又、自分自身について悩んだ時。ふっと自転車に乗ったら、気持ちよくなってきて、力の限り走っていたとか、だんじり祭りで、体中に青痣こしらえて帰ってきたとか。

何だ、結局自分自身痛めつけているじゃん。


しかしここで、さらに限界を引き出そうとする場合に、このトリックが威力を発揮する。

それは、負担の大きな肉体的な苦痛に対抗するため、敢えて必要のない精神的な苦痛を作り出して、その負のエネルギーをぶちあてるというもの。
一言で言えば、毒をもって毒を制す。


これは、内向的で、すぐどうでもいいことで思い悩むタイプに当てはめることができるはず。

つまるところ、よく一人で悩みを抱え込んで、僕みたいにクヨクヨメソメソするタイプであれば、肉体的な苦痛により良く耐え得る事が出来ると思う。

もちろん、その対照として、悩みを抱え込む事なく、本能のまま、欲望が服着て歩いているようなタイプも、より良く苦痛に耐え得るだろうね。。

こうした事から、自虐に耐え得るだけの心と体を求めた結果、それが自分自身の苦痛に対する容量を広げる事に繋がっている。


しかし、自分自身を痛めつける事で、負荷に耐えようとするのだから、やたらとエネルギーの浪費が激しいし、常に容量目一杯なので、下手すれば、心と体のバランスが崩れかねない。
何とも危ないトリックです。


もっとも、このトリックの良いところは、自己完結出来るところ。
何しろ、自分で自分を痛めつけて容量を増やそうというのだから、世話がない。

ただ、自分一人であるがゆえに、ある程度から更に容量を増やそうとすれば、もっともっと自分自身を痛めつけなければいけなくなる。この辺りまでくると、苦労するわりには、効果の伸びが少なくなってしまうのが困りもの。

しかし、一体全体どこからこんな事思いついたのだろうか?
なんとなく心当たりがあるような…。

人間、自虐的な一面がしばしば見られるけど、これを、時代を遡って考えてみると、昔であれば、それまで住んでいた土地から、戦争、疫病、気候変動など、苦痛の原因なんかそこら中にあふれかえっている。

例えば、住み慣れた土地を離れて、新天地を開拓しなければいけないケース。

そんな自分達の未来を左右するような移動の際など、もしかしたら、盗賊に襲われるかもしれないし、道に迷うかもしれない。飢える事なんて目に見えている。

そんな時に直面する、肉体的、精神的苦痛は相当なものだったと思う。
だからこそ、
苦痛を忌避するあまり、自己を壊す事無く、自己に取り込む事のできる能力は遺伝子に焼き付けられた本能的なものだと思う。

もちろん、苦痛をより多く取り込めるという事は、苦痛の原因を見つけて回避する能力も高いと言うことになるけど、どうにも普段のボーっとした僕とでは結びつけようがない。

しかし、まあ、お巡りさんがビックリするような交通事故に遭ってもピンピンしているし、
一時期は骨折っても仕方ないような転け方をしょっちゅうやっていたところを見ると、隠れたところに、そんな能力があると信じたい。

トリックを使っていかに苦痛を乗りきるか?から、随分と脱線してしまいました。

というのも、皆様ご存じの通り、最近激しく転げ落ちて、落ち込んで、自問自答している時に、

「俺ってメソメソ、クヨクヨする割には、痛い事や、苦しい事を随分と、やせ我慢するよなー…。」

などという、自分自身に対する疑問から、ここまで発展してしまったしだいです。

もっとも、自分が落ち込んでいる時は、普段あまり考えないような事から、自分自身を探る事をあれこれ考えるのが意外と楽しかったりする。

もしかしたら、明確な苦痛を感じる事が出来ると言う事は、生きている事を実感出来る素晴らしい事かもしれない。

今回はどうにも自矜心やプライド、社会的云々でも解決出来なくて、さらに自身について深く切り込んだらこんな日記になっていた。

思った事を、チマチマ書きためていたので、イマイチ読みにくいかもしれませんがあしからず。

とあるクロカンライダーの苦痛との向き合い方(ごまかし方。)
など書いてみました。

但し5年10年という目で見れば人間の負担が大きすぎる。気をつけろ!!
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by ygenki | 2008-03-21 00:05 | 思う事


自転車をこよなく愛する日記です。 日常の光景をストレートに書いています。


by 山田元気

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